〜プロローグ〜

 
 雨が、ひたすらに降り落ちる暗い街。石床に叩きつけられた無数の雨粒が煩い位の騒音を轟かせている。
 周りを見渡せば、黒い石作りの建造物が立ち並んでいる。まるで闇に溶け込んでいるようにも見えた。
 そんな黒と化した世界の中に、僅かではあるがポツポツと寂しげな灯りがついている。道を行く明かりとしては、随分と頼りない限りだった。
 それは、人間の目を連想させる。
 暗い闇に隠れて生きる者を、ぎらりと睨みつけるような眼差しで見つめるようだ。その醜い姿を否応無しに照らされ、光の下に晒される。
 その中を一人の男が、雨に打たれながら歩いていた。
 雨を避けるためか被っているフードから、灰色に近い銀の髪がはみ出している。
 朱色の瞳と相まって、幻想的な印象を振りまいていた。膝丈まである茶色のコートを羽織り、黒い靴が暗い夜道を踏みしめながらゆっくりと歩く。
 彼が歩くたびに、腰に提げられた二本の剣が揺れていた。
 この雨の中傘も差さずに、何かを探しているように周りを見渡しながら、歩を進めていた。
 男は闇夜の肌寒さに加えて、さっきから降り注ぐ雨のおかげで随分と体温を奪われていく自覚があった。しかし歩みはよどむことは無い。単純に慣れているのだ。
 フードのお陰で、表情すら窺い知る事は出来なかった。
 ――懐かしい寒さだ。
 そういえば、向こうもこの位寒かったかもしれない。
 男はそこまで考え、小さく鼻を鳴らし笑った。
 自分らしくも無く、寒さに触れて郷愁の思いにでも駆られたのだろうか。僅かでもそういう考えに至った自分を、自嘲気味に笑った。
 それから入り組んだ石床の道を数分程歩いた後、ふと、男は足を止めた。
 雨が視界を狭める所為で前が見にくいが、進路上に、確かに何かがいる気配がした。
 大通りからはずれ、街灯も何も立っていない道のど真ん中。
 そこに黒いコートを羽織った初老程の男が、天を仰ぐように上を見つめているのだ。
 その目線の先は、月さえも隠れてしまった曇天の夜空。一体、何が見えているのか。フードの男には見当もつかなかった。
 フードの男は、声をかけずに無言で初老の男に向かってゆっくりと歩み寄って行った。
 雨の中、まるで神にでも祈るかのように天を見つめ続ける初老の男。
 この暗さの中でも、互いの顔が見える程の近さまで近づくと、ぴたりと足を止めた。石床に溜まった水が、弾みでぴしゃんと跳ね上がる。
「無粋だと思わんかね?」
 それを待っていたように、天を見つめ続ける初老の男はポツリと呟いた。
 その低く良く通る声は、雫が地面に絶えずぶつかってやかましい雨音を立てているというのに銀髪の男の鼓膜を揺らした。
 しかしフードの男は、それに答えて口を開く事は無かった。
 しばしの沈黙が、雨の夜道に落ちる。
 じっと見つめていれば吸い込まれそうな程真っ黒い空から落ちてくる雨が地面を打つ音だけが、微動だにせずに沈黙する男二人の耳に届いていた。
「……闇に紛れ、生きる者に雨の洗礼とは。神というのもなかなかに無粋なものだな」
 いるとすれば、だがね。
 そう、先に口を開いたのは初老の男だった。
 ずっと天に向けていた視線をようやく地上に戻し、初めてその目にフードの男を映す。
「生憎だがな」
 フードの男は、その視線に鋭利な刃物の如き睨みで返答した。
「私は、神よりも力ある存在を知っている」
 それを聞き、初老の男は微笑交じりに溜息をついた。いや、微笑というよりは呆れた、という意志表示だろうか。
「教えてもらおうか」
 フードの男はそう言ってから一歩、踏み出した。同時に、左右の腰に提げている剣を二本手に取り、初老の男に対峙する。
 それに相対する初老の男は、その男の様子を動揺の一欠片も見せずに監察していた。微笑すら浮かべている様は、言外に余裕を物語っていた。
 無駄なことはやめておけ、と。その様がまるでそう語っているように、フードの男には映っていた。
 フードの男は、なお苛立ちが増していく。
「『セカンド・ハート』は、どこだ?」
 そう言うのを予想していたかのように、初老の男は笑った。心底おかしそうな口元とは対照的に、眼には鋭い光が宿っている。含むような笑い声が雨音と混ざり、消えていく。
「芸が無いな。私が素直に教えるとでも?」
「……ならば」
 初めからわかりきっていたように、やはりな、と言いたげに溜息をついた銀の髪の男は、両手の剣を体の前面に出すように構える。
 すると次の瞬間には、透き通った水色の刃を持つ剣は、乾いた耳障りな音を立てながら、青い稲妻に包まれていった。
 暗い夜道に青い閃光が奔り、所有者の銀の髪を際立たせる。
「力づくで、吐いてもらおうか」
 初老の男は、既に笑っていなかった。
「やってみたまえ」 

            
            目次へ      次の話へ
 
倉庫へ

TOPへ