〜『ステップ・オン・ザ・ガス』第八話―エピローグ―〜      


1.

「で、名も知らねぇ便利屋さん……アニーとか言ったっけ? あんた戦えるのか?」
「もちろん」
 アニーは言いながら、背後から近づいてくる男の腹を穂先とは逆の柄頭で突く。そして瞬時にくるりと向きを変え、頭に柄の一撃を加えて昏倒させる。
「そりゃ頼もしい」
 ラトフは目を見張って答えた。
 二人の声を背中に聞きながら、あっ、とハンスは叫んだ。
 アランが頑丈に閉じてあるはずの扉を開け、部屋の中に滑り込んだのが見えたのだ。斬り落とされたのか、無残に両断された錠前が床に転がっている。
 ハンスは、その姿を確認した瞬間にはすでに走り出していた。床に転がる男達の体を跨ぎながら、最短距離で扉へと走り寄る。
 進路を塞ごうと割り込んでくる男達を、右に左に飛んで避ける。最後に扉の前に仁王立ちになったのが一人。
 邪魔だ、とハンスは内心で叫んでいた。
 ハンスはその勢いのまま、体ごとぶつかるように剣を振るう。男は防ごうと自身の剣を構えるが、間に合わない。
 肩口から鮮血が上がり、男が片膝を突いた隙にハンスは扉の中に走り込んだ。
「ハンス! しょうがねぇ、そっちは任せる!」
「……よく分からないけど、行ってきなさい」
 ハンスの後ろから二人の声が聞こえる。ハンスは返事にまで気が回らず、にっと笑顔で答えた。。
 滑り込むと、一度来たことがある部屋の光景が目に入る。飾り気は無く、ただ多くのガラスケースに入れられた品を置いておくだけの殺風景な部屋。
 ハンスは走り込んだ勢いのまま、黒い後ろ姿に向けて剣を横薙ぎに振るう。
 アランは首だけを動かしてハンスの姿を確認すると、横に跳んで剣撃から逃れた。
「……しつこい男だ」
 アランはそれだけ言って、短剣を再び構える。その目には静かな怒りが映る。
 まずハンスが動く。
「おぉぉ!」
 目の前のガラスケースを蹴飛ばしてどかし、咆哮と共に斬りかかる。
 ――退いたら負けだ。
 奴よりも速く、打ち込む。
 ハンスの頭はただそれだけでいっぱいになっていた。
 アランはそれを避ける仕草は見せず、短剣の腹に左手を添え、両手で抑える。
 先ほどからの一撃よりも、強くその短剣を打つ。
 押し合いになりそうなのを確認し、ハンスはとんと地面を蹴って後ろに跳んで距離を取る。
 そしてまた再び一歩踏み込み、下段を狙って剣を振り上げる。
 アランはそれを見て横に軽くステップ。
 素早く身を転じてハンスの胴へ目掛けて短剣を突き出す。ハンスはそれを剣の腹でかろうじて受け止めた。
 刹那。ハンスには、短剣が一瞬うっすらと赤く光ったように見えた。
「先ほども言ったろう」
 短剣の先が触れていた部分が、ゆっくりとひび割れる。あっ、とハンスが叫んだ頃にはすでに遅かった。
「私の勝ちだと」
 乾いた金属音が部屋に響き渡った。
 ――奴は何をしたんだ!?
 ハンスの思考は混乱をきたす。こめかみを大粒の汗が流れる。
 再度武器を失った焦りと、それを二回も引き起こしたアランへの疑問が綯交ぜになる.
 そんなハンスを余所に、アランはそのまま短剣を突き出す。
 ハンスの左の脇腹へ。
 ぐさりと突き刺ささる。鮮血が飛び散り、床に小さな溜まりを作る。
「ぐっ……」
 燃えるような激痛が走る。意思に反して、ひとりでに口から呻き声が出ていた。
 咄嗟に身をよじったおかげで致命傷は避けられた。しかし、頭の天辺からつま先までに響くほどの衝撃がハンスを襲う。
 その様子を見て、ふん、と鼻を鳴らしアランは短剣を引き抜こうとした。
 しかし、その瞬間目を見開く。
 動かない。
「……何?」
 右手に力を込める。
 しかし、アランの短剣を持った右手が動かせないのだ。
 元凶はハンスの両手。
 彼の右手を、がっしりとハンスが両手でしがみつく様に掴んでいた。刃の折れた剣はすでに地面に投げ捨てられている。
「貴様……! 手を放せ!」
「放すかよ……やっと捕まえたんだ……」
 ハンスは額に汗を滲ませながら、尚も不敵な笑みを浮かべた。
 その様は、見た者に畏怖のようなものを感じさせるような。
 アランでさえも、一瞬体の動きを止めてしまうほどの威圧感。
 アランはハンスの腕から逃れようと右手を力強く引くも、びくともしない。
 この細腕のどこにこんな力があるのか。アランは驚嘆していた。
 ハンスはアランの右手を掴んだまま、左膝をアランの腹にぶつける。空気と共に呻き声が吐き出される。
 まだ、右手は放していない。
 一息の間も無く今度は体を限界まで捻り、右足を振り上げる。左半身に鈍い痛みが刺す。
 しかし、ハンスは気にも留めずに、叫んだ。
「吹っ飛べ!」
 ふくらはぎがアランの体にめり込むのと同時に両手を放し、そのまま足で相手の体を押し出す。
「ぐぅ……!」
 アランはくぐもった声を発し、地面を転がる。
 彼の体は散乱するガラスケースに激突し、耳障りな音を立てる。
「はぁ……はぁ……」
 ハンスの息遣いが荒くなって来ていた。額に垂れる汗を拭う。
 無意識に傷口を抑えている左手が、ぬめりとした感触を覚えていた。
 だんだんと体が言うことを聞かなくなってくる。
 血が足りないのだ。腕や足が徐々に鉛のように重くなっていくような感覚に襲われる。頭もだんだんとぼうっとしてくる。
 ――倒れるな……。
 ハンスは自分自身に対し、呪文のように呟いた。
 武器は折られた。
 傷も負わされた。
 対してこちらはアランに深手を負わせる事が出来ていない。状況は限りなく不利だ。
 しかし、とハンスは自身に念を押す。
 倒れてはいけない。負けてはいけない、と。
 体の動きは鈍ってきたが、まだ動けなくなったわけではない。今も血は流しているが、死んでいるわけではない。
 たとえ見苦しかろうと構わない。どんな無様な姿になろうとも、絶対に自分から負けは認めない。
 絶対に、諦めない。
 ――だろう、親父。
 ふっと一瞬だけ彼の知る世界最強の負けず嫌いの顔が浮かんだ。 
 と、その時だった。
 ハンスの視界の端に、何かが見えた。
「……?」
 アランがゆっくりと、起き上がる。転がった際ガラスで切れたのか、身につけているローブの所々に傷が出来ていた。
 しかしその時のハンスの注意はアランには向いていなかった。
 
 一つだけ散乱せずに残されたガラスケース。その中で孤高に輝く剣。
 そして、その隣に立つ、紫色の女。
 
 ――また会ったな。
 意識は出血のせいで朦朧とする。
 ハンスその姿には全く驚きもせず、また警戒もせずにそう呟いていた。
 たぶん彼女には聞こえていないだろう、と思いながら。
 彼女は何者なのか。
 先ほど頭を痛めた問題など、今の彼には何の意味もない。
 柔らかな、温かな感触に包まれる。
 彼女は彫像のような手を再び差し伸べていた。今度は両手では無く、左手を。
 ハンスの体はそれに誘われるように歩きだす。さっきまでの重さが嘘のように思えるほど、体は軽い。
 先ほどの朦朧としていた時とは別の感覚がハンスを包みこんでいた。自分と、彼女の周りだけが世界から切り取られた様に感じられた。
 立ちあがったアランが何かを言っている。
 しかし、ハンスの耳には入ってこない。扉の向こうの喧騒も、同様だった。
 だんだんと、二人の距離が近づいていく。
 白い開かれた手のひらに向かい、足が勝手に進んでいく。そんな感覚をハンスは覚えていた。
 その手に、触れる。
 温かいとも、冷たいとも感じない。そこに何かがある、という感覚すらない。
 ハンスはその手を掴もうと、ぐっと右手に力を入れ、握る。
 その刹那。
 彼を包んでいた感覚が晴れていく。
 喧騒が再び帰ってくる。しかし、不思議と体の軽さはそのままだった。
 握ったのは、彼女の手ではなかった。
 ハンスは目を見開いて、自身の右手を見る。
 彼の手には一本の、剣。
 ――『ラヴィアンス』。
 ハンスはじっとその剣を見つめ、そして思う。
 異常なまでに、手に馴染む。まるで何も持っていないかのように錯覚するほど。
「馬鹿な! 貴様にそれを扱えるはずが……」
 ようやくアランの声が耳に入る。
 彼がうろたえた様子で叫んだのが聞こえた。ハンスはそちらに顔を向ける。
 ――これなら……。
 ハンスは確信する。根拠は無い。だが、確信できた。
 勝てる、と。
 現実感が戻ってきたせいか、脇腹の傷が今頃になって痛みだす。しかし、痛がっている隙はない。一秒たりとも。
 自らの体に鞭を打ち、地面を蹴ってアランに斬り込む。走る加速と腕の力を合わせて、剣を振るう。
「何故だ、何故貴様が、『ラヴィアンス』を扱えるのだ!」
 ハンスの振るう剣撃を、アランは叫びながら弾く。弾かれたならその次。
 休む暇も与えず、打ち込む。
 手に吸いつく様だ。振るいながら、ハンスは思った。ここまで自らの手に馴染む剣がこの世に存在するのか。
 目が覚めるような連撃に、ハンスの剣を防ぐアランの動きがだんだんと鈍る。
「……まさか、貴様は――! 適合……!」
 アランが叫んだ瞬間、彼の右手の剣が弾き飛ばされる。驚愕に目を見開いた一瞬。
 その後、ハンスは懐に滑り込む。
 一閃。
 黒いローブの腹の部分に一文字の傷跡が残り、赤い飛沫が床に染みを作る。
 口を大きく開いたまま、左手で傷を抱えるように抑えながら、意識を失い倒れていく。
「勝った……」
 その様子をしばらく見つめながら、ハンスは小さく呟くと荒い息のままその場に座り込む。
 だんだんと目が霞んでくる。体も、特に足に力が入らなくなっていた。
 もう一度右手の剣に視線を移す。
 ――おかげで、勝てた。
 そう、誰に対して言ったのか自分でも分からない呟きを最後に、ハンスは意識を手放した。

 


      2.

 ある洞窟。岩肌がむき出しの天井と地面。近くに地下水でも流れているのか、わずかにちょろちょろと水の流れる音がなっている。
 地面からは、水晶のような石が無数に突き出ている。その色はまるで夕焼けのような橙。それの放つ光が、洞窟内を昼間のように照らしていた。
 そこに女性が二人。
 一人は地面から突き出た小さな子ども程度の大きさの石に腰かけていた。
「……えぇ、私の呼びかけに応えたようです」
「それでは……彼が?」
 『彼女』は呟く。目の前に立つ燃えるような赤い髪の二人目の女性が、抑揚の無い声でそれに応えた。
「おそらくは、そうでしょう」
 『彼女』は言いながら目を伏せる。長い前髪に隠れ、表情が読み取れなくなる。
 そのまま目を閉じ、数秒が経つと、『彼女』の髪はこの部屋に満ちる光のように橙色に変わっていく。
「またそのように頻繁にお姿を変えられては……」
「戯れですもの。このくらい大丈夫です」
 『彼女』が言うと、ため息を返される。
「……何か問題でも?」
「いえ、ですがやはり気が進まないと思って」
「彼に同情を?」
 無表情で訝しげな声で問われる。それにいいえ、と首を振って応えた。
 分かっている。自分には、そうする心など無い。全て真似事なのだと。
 『彼女』は改めて思う。一体どのくらいの時が経ったのだろうと。
 世界は時と共に回っていき、そして変わっていく。自分には、それをどうする事も出来ない。多くの変遷を経験して、形作られたこの世界は。
 しかし、それでも『彼女』はただ眠っているわけにはいかない。
 『彼女』の役目を果たさなければならないのだ。
 ふと、真実を知った時彼はどう思うだろうか、と漠然と思った。

 


     3.

「……こっぴどくやられたなお前」
「まぁな。脇腹ぐっさりとやられた」
 ラトフは、目の前の光景を見てぼんやりと呟いた。ハンスは笑ってそれに応えると、動くなとアニーに小突かれた。
 『ティルヴィング』の事務所。
 ハンスがソファに白いシャツを掛け、上半身は裸で姿勢良く座っていた。細身だが引きしまった体が露わになっている。その隣にアニーが座り、膝元の救急箱から取り出した包帯を彼の傷口に巻いている。
 ラトフは組合長(マスター)のデスクから椅子を勝手に引っ張てきて、ソファの近くに腰かけていた。
「手慣れてるなぁ」
「そう?」
 ハンスが意外そうに呟く。アニーの手は淀みなく的確にハンスの傷口に白い布を巻きつけている。それを見ているラトフも、ハンスと同じ感想を抱いていた。
 アラン一味との戦闘から約半日が経っていた。すでに外の太陽は高くまで登っており、何かの小鳥が鳴いている声が微かに聞こえてくる。穏やかな日中を思わせる響きだ。
 保管庫での戦いでアランに勝ち、そのまま気を失ったハンスを見つけたラトフとアニーで彼をここに運び込み、ついさっき目が覚めたところだった。
「……で、あの後どうなったんだ?」
 ハンスは欠伸を噛み殺しながら聞いた。
「当然、全員御用だよ。一人残らず警察に引き渡された」
「そういうこと。依頼は無事達成したわけね」
「そうか、ならよかった」
 ハンスが気絶した後、アニーとラトフによる通報でアラン含む全員は逮捕され、護送されていた。二人の手によって、他の者も気絶させられていたために、取り逃しはないとのことだった。
「にしても間抜けな話だよな。必死に入り口守ってたら、敵は内部に潜んでましたってんだから」
「おまけに便利屋は殆ど居眠りだしな」
 結局の所、アランを含め、十人以上もの賊があの日館内でチャンスをうかがっていたことになる。ハンス達以外の便利屋や、職員は睡眠薬入りのコーヒーをまんまと飲まされ、せっかく集めた人手は全く機能しなかった。当の館長のハーティが目を覚まし、事の次第を把握したのは全てが終わってかららしい。
 笑えない話だ、とラトフは笑いながら言う。
「実質的に俺達しか働いてないんだが、他の連中にも報酬が割り当てられてんのがな」
「そりゃしょうがないだろ、ケチだなラトフは……悪ぃな、アニー」
 ハンスはアニーに礼を言うと、シャツを頭から被りぶるぶると頭を振る。まるで犬の様な動きだ。そしてソファに背を深く埋め、そのまま寝かねない体制になる。
「……で、だ」
 ラトフが呟くように言った。
「アニー、お前なんでさも当然のように居座ってんだ」
「何? 居ちゃ駄目なの?」
「いやそういう訳じゃないが……馴染んでるな、と思ってな」
 ラトフとしても、別に彼女が信頼のおけない人物だと思って言ったわけではなかった。ピンチの時に加勢してもらった事に対して、感謝もしていた。
 しかし、ここに来るのはほぼ初めてのアニーが、ここにいるという事が随分自然に見える振る舞いをしている。それが純粋に不思議だったのだ。
「そう? 結構居心地いいのよね、ここ。なんだか懐かしい気持ちになる」
 そういうアニーの表情が、ふっと遠くなった様にラトフには見えた。
「そういや、お前なんであそこにいたんだ?」
「ん? あぁ、あれね……」
 ハンスが思い出したように聞くと、アニーは薄い色の金髪を撫でながら説明した。
「あいつらの仲間に襲われてね。たぶん、私が眠ってないのに気づいて慌てて口を封じに来たのかもね……まぁ、相手をしてたら逃げ出してね。追いかけたら、あなた達が暴れてたところについたのよ」
「で、返り討ちかよ?」
「やられた分は返さないとね」
「恐ろしい女だ……」
 ラトフが呆れたように呟き、ハンスはそれを聞いて笑っていた。
 その矢先だった。
 アニーがぽつりと、呟く。
「それに、ここにいれば分け前貰えるかもしれないし」
 一瞬、ラトフは唖然。
 そのすぐ後に、ラトフは椅子ががたん、と音を鳴らすほどの勢いでアニーに人差し指を差しながら叫んだ。
「お前はたんまり貰っただろうが!」
「でも私が居なければ失敗してたよね? その分の功労を労われても罰は当たらないかなぁってね」
 アニーが途轍もなく眩しい笑顔で言い放った。ラトフはまるでジャブでも食らったかのようにのけ反る。
「当たるわ! 大体うちはクソ真面目な秘書さんが厳密な計算の下に分配するんだ。お前の分は無い!」
 ラトフは指の先をアニーにびしりと向けながら言った。その後人を指差すな、と当人に押しのけられ、あらぬ方向に向きを変えられたのだが。
 その必死の様相にアニーは笑って冗談よ、と返した。
「ったく、それこそ笑えねぇ冗談だ」
「必死だなぁラトフ……あぁ、今回結構撃ってたからなぁ」
「そうだ、一挺六発を全部使っちまった。お前らには分からねぇだろうけど、弾薬ってのは高いんだぜ? 海の向こうから仕入れてんだから尚更だ」
 はぁ、とラトフはため息をつく。
 ラトフにとっては弾薬費用は死活問題らしい。他愛もない冗談にも本気で突っかかる程に。そんなに費用がかかるなら何故銃を使うのだろう、とハンスは思ったが、聞かないでやることにした。彼なりに理由があるのだろう。
「そうだ! 忘れるところだった」
「今度は何だよ」
 アニーはひとしきり笑った後、急に叫んだ。それに反応し、二人は彼女の方に顔を向ける。ハンスは不思議そうな顔だったが、ラトフは今度は何を言うんだ、と少し不機嫌な目で。
「こんなの、見たことある?」
 アニーは言いながら、自分の右耳に両手を持っていくと、もぞもぞと動かす。
 そして、二人に見えるように手のひらにそれを載せた。
 金色に輝く三日月のイヤリング。
 ハンスとラトフは揃って覗きこむようにそれを観察した。
「……いや、無いな。ハンスは?」
「俺もないなぁ」
 そう、とアニーは無表情で呟いた。
 ――また振り出しか。
 アニーは二人に聞こえないような小声で呟いた。
「で、それが何なんだ? 正直、そういう装飾なら世の中に五万とあると思うが……」
「いいの、気にしないで」
 アニーは笑って応えた。
 と、その時。
 ドアを控え目にノックする音が三人の耳に入った。
 ラトフが俺が出る、と立ち上がり、ドアを開ける。
 そこには一人の燃えるような赤髪の女性が立っていた。上から下まで白いローブのような服を着た、小柄な女性だ。その細い両腕で、まるで赤ん坊でも抱き締めているかのように、茶色い布の細長い包みを抱えていた。
「『ハンス・ターキンス』さんは、どちらで?」
 ラトフが口を開く前に、女性は言った。
 ラトフは息を飲んだ。ハンスを名指ししてきたことに対してでは無い。
 目の前の女性の、凛とした声に。有無を言わさぬ、威圧感すら漂うその声に。
「……奥に居るが?」
「会わせていただけますか」
 ――こいつ……。 
 ラトフはちら、と中にいるハンスとアニーに視線を送る。
 二人もどこかおかしな雰囲気を感じ取ったのだろうか。面持ちが険しくなっていた。
 こくり、とラトフは頷き、彼らの運命を変える訪問者を迎え入れた。
 彼女の持つ包みから、ちらりと剣の刃が――。
 
 ――『ラヴィアンス』の刃が覗いていた。


                                                        第一部『ステップ・オン・ザ・ガス』完

          
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